脂質は、食事の油や体脂肪だけを指す言葉ではありません。エネルギー源になるほか、細胞膜をつくり、脂溶性ビタミンの吸収を助ける成分のまとまりです。一方で、その一部である脂肪酸の種類によって、体内での役割や摂取基準は異なります。1
日本の成人の総脂質の目標量は、2025年版で総エネルギーの20〜30%。しかし、この範囲に入ればどんな脂質でも同じという意味ではありません。総量と中身を分けるところから、脂質の働きを見ていきます。1 2
中性脂肪・脂肪酸・コレステロールは同じもの?
脂質は、水に溶けにくい性質を持つ化合物のまとまりです。栄養学では、脂肪酸、中性脂肪、リン脂質、糖脂質、コレステロールなどを含めて扱います。1
よく聞く中性脂肪(トリアシルグリセロール)は、グリセロールに3本の脂肪酸が結びついたものです。脂肪酸は、その分子を構成する部品にあたります。リン脂質も脂肪酸を含み、細胞膜の主要な構成成分になります。1
一方、コレステロールは複数の環を持つ構造で、脂肪酸そのものではありません。細胞膜の成分であり、胆汁酸やステロイドホルモンの材料にもなります。「コレステロールが必要」という事実と、「食事から多く摂る必要がある」という主張は別です。体内でも合成されるからです。1
血液検査のLDL・HDLという呼び名も、食事中の油の種類ではありません。LDLとHDLは、血中でコレステロールを運ぶリポたんぱく質という粒子の種類を指します。食べた脂質の重量と、血液検査のコレステロール濃度を同じものとして扱うことはできません。3
エネルギー、細胞膜、ビタミンの吸収を支える
脂質は概数で1gあたり9kcalのエネルギーを供給します。たんぱく質・炭水化物の約4kcal/gより高いエネルギー密度を持つため、少ない重量でエネルギーを得られます。この性質は、総エネルギーの摂り過ぎを考える際にも、必要なエネルギーを確保する際にも関係します。1 4
脂質は細胞膜の構成にも関わり、ビタミンA・D・E・Kなど脂溶性ビタミンの吸収を助けます。ただし、吸収を助ける仕組みがあるからといって、油を多く追加すれば健康上の利益が増え続けるわけではありません。1
消化では、肝臓で作られる胆汁が小腸へ送られ、脂肪の消化を助けます。膵液などに含まれる消化酵素も作用して、吸収できる形へ分解されます。吸収後には、血液だけでなくリンパ系も脂肪酸や一部のビタミンの運搬に関わります。食品の油がそのままの形で血管に流れ込むわけではありません。5
消化・吸収に関わる病気や手術などがあれば、一般の人と同じ食事量で同じ栄養状態になるとは限りません。本稿の目標比率から、そのような人の食事療法を決めることはできません。
脂肪酸は「二重結合」で分かれ、必須性も異なる
脂肪酸は、炭素がつながった鎖を持ちます。炭素間の二重結合がないものが飽和脂肪酸、一つあるものが一価不飽和脂肪酸、二つ以上あるものが多価不飽和脂肪酸です。1
| 種類 | 構造・基準の特徴 |
|---|---|
| 飽和脂肪酸 | 二重結合なし。体内合成が可能。成人は7%エネルギー以下という目標量。 |
| 一価 不飽和脂肪酸 | 二重結合が一つ。オレイン酸など。日本の基準では独立した量の指標を設定していない。 |
| 多価 不飽和脂肪酸 | 二重結合が二つ以上。n-3系・n-6系があり、それぞれg/日の目安量を設定。 |
n-3・n-6の数字は、鎖の一方の端(メチル基側)から最初の二重結合までの位置を示します。n-3系にはα-リノレン酸、EPA、DHAなどがあり、n-6系にはリノール酸などがあります。ヒトは別の脂肪酸からこれらの系統を新たに作れないため、n-3系とn-6系は必須脂肪酸として扱われます。1
ただし、同じ系統の中で変換される成分もあり、「必須」は全ての成分を別々にサプリメントで足すという意味ではありません。日本の基準も、EPAやDHAそれぞれの独立した摂取指標ではなく、n-3系全体の目安量を定めています。目安量の主な根拠は、欠乏症から必要量を厳密に算定できるほどの資料がない中での、日本人の摂取量中央値です。1
また、トランス脂肪酸は二重結合の形が異なる不飽和脂肪酸です。不飽和という名前だけで、積極的に摂りたい成分と判断することはできません。日本の報告書は1%エネルギー未満、かつできるだけ少なくすることが望ましいとしています。1 2
20〜30%と7%以下は、異なる範囲を指す
成人男女の総脂質20〜30%エネルギーと、飽和脂肪酸7%エネルギー以下は、いずれも1日の総エネルギーを分母にします。「食べた油の7%までが飽和脂肪酸」でも、総脂質に7%を上乗せする意味でもありません。飽和脂肪酸は総脂質の中に含まれます。4 2
| 対象 | 比率と換算例 |
|---|---|
| 総脂質 | 20〜30%エネルギー 約44〜67g/日 |
| うち飽和脂肪酸 | 7%エネルギー以下 約15.6g/日以下 |
総脂質の上端30%は、日本の典型的な脂肪酸構成で、飽和脂肪酸の目標を超えないようにする考え方から決められました。下端20%は、必須脂肪酸などの摂取状況を踏まえて算定されています。範囲の外に出た瞬間に障害が起こることを示した数値ではありません。1
飽和脂肪酸の7%も、明確な発症の閾値を発見して決めたものではありません。報告書は、血中総コレステロールやLDLコレステロールへの影響を踏まえつつ、上限を一意に決める研究根拠は十分でないため、日本人の摂取量中央値などをもとに実用的な目標を置いたと説明しています。1
目標は必要なエネルギーを確保した上で柔軟に使う値です。ここで示した2,000kcalも全員の必要量ではありません。妊婦・授乳婦は比率の範囲が同じでも、必要なエネルギーや他の栄養素まで同じになるわけではありません。4 2
見える調理油以外にも、脂質は含まれる
食事中の総脂質は、調理で使った油の量だけでは数えられません。ナッツや乳製品のように、食品自体に含まれるものも加わります。以下はその一例で、一食の推奨量や食品の優劣を示す表ではありません。6 7
| 食品・仮の量 | 脂質量 |
|---|---|
| アーモンド いり・無塩20g | 約10.8g 54.1g/100gから計算 |
| 普通牛乳200g | 7.6g 3.8g/100gから計算 |
牛乳は容量の200mLではなく、重さ200gで計算しています。また、脂肪酸の構成は食品によって違います。総量を見た後に、どの脂肪酸が含まれるかを別に確認する必要があります。1 6 7
健康影響を見るときは、何と置き換えたかを確かめる
脂質を増減させた研究では、総エネルギーまで変わったのか、同じエネルギーのまま別の栄養素を置き換えたのかで、答えている問いが違います。油を食事に追加することと、ある脂肪酸を別の脂肪酸へ置き換えることは同じ条件ではありません。1
2025年版報告書は、飽和脂肪酸を減らす試験では血中LDLなどへの影響が認められる一方、長期の発症・死亡の結果は同じようにそろわないことも整理しています。多価不飽和脂肪酸への置き換えで循環器疾患発症が減る結果と、死亡への明確な差がない結果を、一つの「健康効果」にまとめることはできません。1
コレステロールも、一般の発症予防の目標量が設定されていないことは「無制限に摂ってよい」の意味ではありません。脂質異常症の重症化予防は別の判断になり、血液検査や既往歴を踏まえて医療者と食事方針を考えます。一般向けの総脂質比率で、治療や服薬を変更しないでください。1
脂質の役割を知ることは、単に油を増やすことでも減らすことでもありません。必要なエネルギー、総量、脂肪酸の種類、置き換える相手を一緒に見ることが、数字と食品を結びつける判断材料になります。1 4